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🌐ニュータイプ覚醒塾

バリスタのよもやま話 第68話

解説者のマヌケな口癖



日本でスポーツ中継を観ていると、試合内容とは別に強い違和感や不快感を覚えます。
前回、私は「解説者は解説をしていない」旨を批評しましたが、
今回のテーマは関連して解説者の口調であり、彼らの語尾に頻出する「〜ですね」「〜ですよね」です😐

私はこれを「ね語尾」と呼んでいます。

この「ね語尾」が特に顕著なのがサッカー解説者全般、そして個人的に記憶に濃いのが、大学駅伝の解説を(いつまでもダラダラ)務める瀬古氏です。

彼らの発言はいつも「~ね」で終わります。
そのため、解説者の判断が自分の言葉として完結せず、実況や聞き手への同意確認に流れてしまっているのです🙂

今のは惜しかったですね
いい形でしたよね
ここは決めたいですよね
疲れてきてますよね


こうした言葉は一見穏やかで、そして感じよく聞こえることもあります。

でもコレ、解説ですか?

そのまま聞いていれば、分析(解説)は全く無いだけでなく、単に感想の共有になっているだけだってことがわかってきます😶

解説者が本来語るべきなのは、なぜ惜しかったのか、どこが良かったのか、次に何が起きそうなのかです。
ところが「ね語尾」が続くことで、そこへ踏み込む前に言葉が丸く閉じてしまいます。

ここに解説者の薄っぺらさがあるのですよ!


🗣️幼稚で姑息な同意表現



「~ね」は実のところ、かなり便利な語尾ではあるのです。
相手に確認したり、共感を求めたり、場をやわらげたりできるから😊

これは日常会話ならむしろ自然です。
「今日は寒いですね」「これ美味しいですよね」と言えば、相手との距離は縮まるでしょう。会話の潤滑油として優秀です🙂

しかし解説の場で多用されると、その顔は大きく変わります。
解説者の判断として言い切るのではなく、聞き手に「そう思いますよね?」と預ける形になるからです😐

つまり「ね語尾」は、断定をやわらげる代わりに、話者の判断の輪郭もぼかします。
だから解説者には禁句と言ってもいいくらい、いわば不適切な表現法なのです。

これも一度や二度なら気にならないでしょう。しかし試合中ずっと「ですね」「ですよね」が続くと、解説者の言葉が解説には程遠い‥うなずき待ちの会話に聞こえてきます😕

ここが今話の核心です。
問題は、まず解説者の姿勢。そして彼らの語尾が思考を曖昧にし、言葉の責任を軽くしてしまうことなのです。

🟨今のはイエローやろ!

ここで一度話を脇道に持っていきますが、こういう例もあります☕

DAZNでW杯を見ていた時、
解説の安田氏が「今のはイエローやろっ!」と唐突に発言しました💦

私は長年サッカー中継を観てきましたが、これには耳を疑いました。
その試合は日本戦だったから彼も感情的になったのでしょうが、それにしてもこれは頂けません!
解説者なんだよね?

第一この一言、勢いだけで解説として論外です。
ただ画面を見て「カード!カード!」と反応するだけなら、家で観ているオッサンと同じですよ。
そして関西弁の勢いがあるぶん、専門家としての品性の低さが余計に目立ちます。さらに私は関東の人間ゆえか、関西弁は生理的に嫌いなので余計に不快💦

解説者なら、そこは「足裏が入っている」「遅れて相手に接触している」「ボールへ行っているように見えても危険な入り方になっている」など、判定の根拠を言葉にする場面です。
それをせずに「今のはイエローやろ!」で終わるなら、解説ではなくただのリアクションです。視聴者が求めているのは叫び声ではなく、なぜその判定になるのかという説明です🙂

そして根本的問題として、こういう嗜みのない発言が出るのも「ですね」「ですよね」で、ふわっとした緊張感のない会話をしているからです。


🍺下卑た居酒屋トーク



選手がアップしてますね
今のは決めてほしかったですね
もっと攻めていいと思いますよね

これがテレビの前で一緒に観ている友人の言葉なら、自然です。むしろ親しみやすいリアクションでしょう😆
しかし解説席で同じ調子が続くと、話は一気に変わります。言葉は分析ではなく、隣で一緒に盛り上がる感想共有へ寄っていきます😑

「惜しかったですね」「決めたいですよね」と言うだけなら、聞き手はうなずけます。でも、なぜ惜しかったのか、どこを変えれば決められたのかまでは見えてきません。

これが積み重なると、専門家という顔ぶれでも中身はただの居酒屋トークです。ただのサッカーファンの雑談!

🧠語尾が分析を曖昧にする

「今のパスは良かったですね」と言われても、視聴者に残る情報はほとんどありません。良かったことは画面を見れば分かります😐

知りたいのは、なぜ良かったのか。
相手の守備を引き出したのか。裏のスペースを突いたのか。受け手の動き出しが良かったのか。そこを言葉にして初めて、視聴者の理解が進みます🙂

ところが「ね語尾」で終わる言葉は、そこで思考が止まりやすい。
良かったですね、惜しかったですね、集中していますね。全部、画面の印象をなぞっているだけ😕
全くお話になりません。    

目の前のプレーを一段深く専門家として言語化してくださいよ😌

たとえば「今のパスは良かったですね」ではなく、「今のパスは相手の中盤を一枚引き出してから裏へ通したので、守備側は対応が遅れました」と言えばいい。難しくありません。しかし、感想ではなく分析になります😄

「ここは決めたいですよね」ではなく、「相手のサイドバックが戻り切れていないので、今のうちに逆サイドへ展開できれば決定機になります」と言えばいい。これも難しくありません。願望ではなく、状況の説明です🙂

この差は大きいでしょ?
前者は視聴者に「そうですね」と言わせる言葉。
後者は視聴者に「そういう構造だったのか」と理解させる言葉です😌

問題はまさにここです。
「ね語尾」は共感を作ります。しかし、多用されると理解を作る前に言葉が終わってしまうのです😶

🚩背景に見える日本人コミュニケーション

~と思いますよね
~という感じですよね


これも安田氏の発言ですが、当然彼の専売特許でもありません。

そしてこの言い回し、自分の意見なのにやはり相手(第三者)に同意を求める構図・ニュアンスになっているのですよ💦

自分の発言に対する「責任の所在」をあえて曖昧にし、同調圧力の輪の中に逃げ込む——。これは単なる個人の口癖ではなく、波風を立てずに雰囲気を共有しようとする、極めて日本人らしいコミュニケーションの表れでもあります。

しかし、だからこそ解説の場においては致命的なのです🔥

専門家に求められているのは、視聴者と顔を見合わせて「ですよね」と頷き合うことではありません。安全圏から無難な言葉を投げる姿勢そのものが、解説の質を著しく下げています。視聴者が本当に聞きたいのは「同調」ではなく「鋭いプロの眼光」による独自の言語化であることに、解説者自身が気づくべきなのですよ✨



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  • ブログの投稿者: UENO.K
  • タイトル: バリスタのよもやま話 第68話
  • 最終更新: 

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