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🌐ニュータイプ覚醒塾

ニュータイプ覚醒論 第30章

ニュータイプに生きる



これまで様々な視点からオールドタイプを対比させ、ニュータイプを論じてきましたが、
ここで一度‥日本社会に目を向けて、その本質に迫ります。


日本は治安も良く‥とても便利で暮らしやすい反面、
窮屈で生きにくい‥じつに冷たい国でもあります。

日本人ほど暗くて不幸せな国民はいないのではないか?
というくらい、日本にはどんよりとした重たい空気が満ちています。

これはなぜでしょうか?
しかし、その流れを断ち切る‥あるいは受け流すことができれば、人は一気に幸せ街道まっしぐらになります。

今回はそんな話をします☕


🗾わざわざ複雑化した社会



では、日本という国・社会に目を向けてみましょう。

日本は何かと複雑な社会です。物事がスムースに運びません。
例えば手続きひとつ取っても、やたらと時間が掛かります。
多くの企業は話が遅いです。

これはなぜか?

頭のいい人間が作ったルールで複雑化したからです。

それは自分たちの既得権益を守るためでもあります。
シンプルだとある種平等になってしまい、差別化や誤魔化しもできないゆえ。

そして人々は、その複雑な在り方に戸惑いながらも、
順応できることにある種の快感と価値を見い出し、
仕方ないと言いつつも‥わざわざ窮屈に生きているわけです。

一般的な人間関係はおろか、恋愛や交友ですら複雑で窮屈な価値観が渦巻いています。

じつにご苦労なことで💦

🚩本質から目をそらす複雑化?

物事は本来、とてもシンプル。


生きるものは、

「食べて・出して・寝る」
「生殖と死」

この繰り返しです。


人間も決して例外ではなく、根本は同じです。
この生理現象にプラスして、人間ならではの労働その他があるだけ。

働いて報酬を得るのは、食べるためであり、それは生きるためです。

言えばキリがありませんが、基本的にはこれだけ。
シンプルなんです。


しかし、人は妙な知恵をつけたために、その欲求に限りが無くなりました。
そのせいで、半ば真理に背を向けた社会ができてしまったのです。
それが「物質快楽追及」の競争社会です。

競争は成長に必要ですが、利己的に争うところが哀れなところ。

そんな面倒で複雑化した仕組みに支配され、翻弄されているのが大多数の人であり、
彼らは思考しないロボットになっているか、あるいは疲弊してゾンビになっています。
かたや支配している側は勝ち組と称し、お金という何の特殊効果もないアイテムを武器にご満悦です。

これはピラミッド構造(上になればなるほど支配者層・下になればなるほど奴隷層)と言われるもので、物質的な世界では至って当然の現象とされるものです。
今私たちが生きるこの世は物質世界なので、これに抗うことは困難です。
しかし、そこから一歩引いて生きることは充分可能です😉

🚩俗な仕組みを脱ぎ払う

ニュータイプに覚醒することは、本来のシンプルな在り方に戻ろうというものです。

それは大自然の摂理・宇宙法則に従うもの。
邪(よこしま)な小賢しい人間の作ったものではない、絶対真理に則した生き方をする。これが今の日本人に必要なことだと私は強く思う。

それを忘れてしまっているから、
人々はわざわざ回りくどい生き方をして、大きなストレスや不安不満を抱えて生きているのだ。

もちろん、
反社会的な生き方をしろ!と言っているのではありません。


例え俗世間に在っても、

自然に逆らわず、自分に嘘をつかず、
本質的に、シンプルに生きる。

これだけ。

これが自分を見失わないニュータイプの生き方です☕


🌞自然に立ち返る生き方



人間は自然から生まれた存在なので、自然に生きることは本来簡単なことです。

しかし、そこに立ちはだかるのが俗な現代社会であり、窮屈な日本社会。オールドタイプの世の中です。
私たちは「こういうものだ」という既成概念に支配されて生きてきた(いる)ので、自然に立ち返ることはじつのところ‥簡単ではありません😢


この自然に生きるとは‥

原始的に生きるということではなく、
自分に正直に生きることです。

良いものは良い
嫌なものは嫌


自分の気持ちを堂々と主張する。まずはこういった姿勢が大切です。

私たちは今まで‥規則や常識といった様々なことに支配されてきました。だからあなたも最初は大きく躊躇するでしょう。
しかし、何度かやってしまえば「人からどう思われるか?」に代表されるくだらない怖れに対して、強い耐性がつきます😊

🚩私も打破した既成概念

私は元々は優等生タイプでした。いわゆる良い子だったのです。しかしある時、抑え込んできた思いが膨らみ、反発したのです。規則や常識という概念に。
すると、それをきっかけに世界が開けたのでした。

我慢していたせいで多くのチャンスを逃したり、多くの時間を無駄にしてしまったことに気づき、痛感しました。同時にそこで思ったのです。常識的に生きるって‥ものすごくバカバカしいと。
私は意志を持った人間。私だけの個性がある。なのになぜ量産型のロボットみたいに生きなければならないんだ?そんなふうに強く、またしっかり感じたわけです。

それ以後、自分で考えて行動してみると、じつにいろいろなことが動き出したのです。
そりゃそうです。それまでは敷かれたレールの上でしか生きてこなかったのだから。(常識の支配)
電車は決まったレールの上でしか動きませんが、自動車は様々な道を動けます。でも人はさらにもっと自由に動けるのです。常識の支配を破ると、人はある意味自由です。翼を得たような感覚だろうか。

常識という制限の重石が消える時、人はようやく自分らしく伸び伸び生きることができるのです。


俗な価値観を打破し、自然に立ち返ること。
複雑化したものをシンプルにする。
そのうえで人間として、唯一無二の個人としてどうあるべきか考える。

これがニュータイプ覚醒の本質です。


そして特に日本人の場合は、非常識になること。
これがニュータイプへの大きな歩みです。


次節にて、
続・ニュータイプ覚醒への本質
非常識に生きるべき理由を話します


Meister CZ

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  • ブログの投稿者: UENO.K
  • タイトル: ニュータイプ覚醒論 第30章
  • 最終更新: 

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