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🌐ニュータイプ覚醒塾

ニュータイプ覚醒論 第63章

姑息なダブルスタンダード



私はこのブログで発信する手前、「日本人は〜だ」という表現をよく使います。また実際の日常的シーンの会話でも、同様の主張をすることがあります。

例)日本人は感謝できない、謝罪もしない。

これは現象の指摘に過ぎないのですが、短絡的な解釈をする一部AIや人々は、こぞってこう言います。

「一括りにするな」

まさに短絡的で、じつに浅ましい反発なのです。

こういう反応のされ方は本当に煩わしく、いわゆる日本人コミュニケーションの未熟さに慣れている私でも、正直かなりイラっと来るんですよね🤦‍♂️


今回はこの「一括り」の在り方について、
当塾の姿勢(ポリシー)を交えながら、深掘りして斬っていきます☕


👫対極のコンプレックス



「一括りにするな」

この言い分に一理あることは否定しない。乱暴な決めつけや、個々の事情を無視した語り方に懸念があるのは当然だからだ。
しかしその一方で、私たちは物事をある程度まとめて捉え、傾向として語り、そこから社会の特徴を読み取っているのもまた事実なのだ🤔

ただし、問題は「一括り」そのものではない。
どんな一般化が歓迎され、どんな一般化が拒否されるのか。この基準がとにかく曖昧で、都合よく使い分けられていることにある。しかも、この曖昧さにはハッキリした偏りがあるのだ。
日本人は、自分たちに都合のいい一括りは平然と受け入れるのに、都合の悪い一括りにだけ過敏に反応する。ここに現れているものこそ、モノの見方そのものに潜むダブルスタンダードなのである🧩

本章で問いたいのは、まさにこの「ねじれ」

今一度言うが、
日本人は自分に心地よい一般化には無条件の歓迎モードでいるくせに、耳障りな場合は「一括りにするな」あるいは「皆が皆そうではない」等と言い出す😅
これは極めて自分勝手なご都合主義と言えるだろう。


🍝ダブルスタンダードの影



世のこういった反応には、かなり露骨なパターンが存在する。

「日本人は親切だ」「日本人は時間を守る」といった話には、たいてい誰も異議を唱えない。むしろ気持ちよく受け入れる。だが、「日本人は挨拶もろくにできない」「日本人は信用できない」といった不都合な指摘になると、途端に「一括りにするな」「人による」等と言い出すわけだ。

要するに、自分たちが気分よく受け取れる一括りは歓迎し、耳の痛い一括りだけを不当だと騒ぐのである。 しかも厄介なのは、他人を雑に一括りにすることには無頓着だという点だ。ここに、日本人の卑怯なダブルスタンダードがある。

その典型例が「パスタ」という言葉の使い方だ。
 
日本人は、スパゲッティもペンネもフェットチーネも、まとめて「パスタ」で一括りしている。あなたにも身に覚えがあることだろう。だが、これは極めて曖昧なのだ。
「パスタを食べに行こう」と言っても、実際には何を指しているのかまったくワカラナイ。今述べたように、パスタにはじつに様々な種類がある。本場イタリアにおいて、歴史も形状も調理法もまったく異なる別物として扱われる。呼び名が違うのは単なる見た目の話ではなく、それぞれに固有の「食文化という背景」があるからだ。
そしてパスタは「粉もの」を指す。ならば意地悪を言わせてもらうが、それはラーメンかもしれないし、お好み焼きかもしれない🤪
もちろん私はわかっている。日本人がイタリアンに限定して「パスタ」と言っていることくらいは。そして日本人の言うパスタは99%「スパゲッティ」だってことも🍝
だが、ここは私の流儀をしっかり示したい。そうと承知のうえでも、素直に見過ごすことはできないからこその物申しだからだ。

ちなみに「スパゲティー」と言われたら、紅茶ですか?と言ってやりたいのは御愛嬌ってことで😜

イタリア人からすれば、自分たちの伝統を背負った食文化を外の国の人間から‥しかも東の最果ての田舎から安く一括りにされることは、文化への理解不足どころか、敬意の欠如として映っても不思議ではない。
実際、日本人が雑な一括りで「パスタ」と呼ぶ姿勢に、明確な不快感を示すイタリア人は少なくない。私のバリスタ仲間‥ロベルトも例外ではない💢

日本人がパスタという一括りをするようになったのは1990年代の「イタメシ」ブームがきっかけだろう。これまで『スパゲティー』と『ピザ』しか知らなかったところにペンネやフェットチーネが登場した。同時に、本当は名はスパゲッティだということも知った。
ここでオッシャレー!となって新しく覚えた「全体呪文」を乱発するようになったのである。全体呪文は便利だからね!
つまり、ここで行われているのは整理された分類ではなく、自分たちにとって都合のよい範囲だけを一括りにする恣意的な線引きである。
この「都合のいい一括り」こそが、他者は雑にまとめる一方で、自分たちがまとめられる側に回ると急に「一括りにするな」と言い出す日本社会の矛盾を、きわめて端的に示している。

⚡ベギラゴン理論



私の発信手法としての断定には、ドラゴンクエストの呪文に例えると3つのパターンがある。

3つの対象範囲

💥イオナズン(全体攻撃)
 「日本人は全員ダメだ」のような無差別な属性批判で、乱暴。

🔥メラゾーマ(単体攻撃)
 個人攻撃の可能性があり、好ましくない。

⚡ベギラゴン(グループ攻撃)
「特定の行動パターンを示す多数派集団」への指摘であり、傾向や現象がターゲット。

当塾の手法は、このベギラゴンであるのはもうお分かり頂けていると思う。

🚩主語の大きさと誤解

主語の大きさとは、何を対象としているかであり、「日本人」と言った場合、どのくらいの範囲(人数や規模)かが焦点である。
つまり、一括りにするなという反応は、ベギラゴン(グループ)をイオナズン(全体)だと勘違いして被害者面する思考停止に過ぎない。社会学や文化人類学は全て「集団の傾向」を扱う学問であり、全体を指してはいない。そもそも、それを否定すれば一切の社会分析が不可能になってしまう。

正確な批判の条件

重要なのは、批判の矛先が行動パターンに向いているのか、属性や個人そのものに向いているのかを峻別することだ。


  •  現象攻撃:「日本社会では○○という行動が多数派である」→ 社会分析
  •  属性攻撃:「日本人は生まれつき○○だ」→ 差別的な一般化
  •  個人攻撃:「Aさんは○○だからダメだ」→ 人格攻撃

社会批評として成立するのは、ベギラゴン型のように観察可能な多数派の行動パターンを対象にした分析だけである。
この比較で見たいのは、何が問題なのかではなく、何を対象にした批判なら社会批評として成立するのかという線引きである。

表現の意義

本章で論じたのは、単なる誤解や文化の違いではない。
「自分の一括りには甘いのに、他人の分析にはヒステリックに歪んだ正論を振りかざす」という日本人の姑息な矛盾を冷徹にハックした社会批評である。

パスタの一括り問題は、その矛盾を可視化する完璧なメタファーとなる。イタリア人の文化的アイデンティティを雑に扱いながら、自分たちへの社会分析には過剰に反応する。この二重基準は、偏見でも悪意でもなく、観察が必要な人の性と社会現象なのである。

ベギラゴン理論が示しているのは、単なる言葉遊びでも挑発的な理屈でもない。

特定の行動パターンを示す多数派集団を分析することは、社会学の基本であり、本来は民主主義社会における健全な批評活動の土台であるはずだ。
にもかかわらず、「一括りにするな」という反射的な反論が差し挟まれる度に、議論はそこで止まり、不都合な真実は見ないふりをされる。耳の痛い指摘に向き合うかわりに、言い回しの粗探しへ逃げ込み、批評そのものを封じようとする。その姿は、慎重さというより、むしろ傷つきたくないがための防衛反応に近い。

だが、本当に成熟した社会とは、自分たちにとって都合の悪い指摘に耐え、そこに潜む矛盾を直視し、対話と検証を通じて少しずつ自らをアップデートしていける社会のことだ。そうでない限り、日本人はこれからも、他者の文化は平然と雑に一括りにしながら、いざ自分たちが分析される側に回った瞬間だけ「一括りにするな」と声を荒らげるだろう。そしてそのねじれと居心地の悪さから、いつまでも逃れられないままでいるのだ。

じつは、当塾ブログ全記事の末尾に「発信における表現のポリシー」を固定表示しているのも、そういった背景からなのだ。
これは免責でも逃げ道の確保でもない。私の真意を正確に受け取ってもらうためであると同時に、今回の「一括りにするな」に典型的に表れているような、日本には短絡的な解釈で話を潰そうとする反応があまりにも多いからこその、必要最低限の「もてなし」なのだ。


というわけで、
ここまで「一括り」を問題提起とした話をしてきましたが🍵
この手の違和感や不快感とは、これからも向き合っていくことになるのでしょうし、また折に触れて発信することになると思います。日本社会は時代や世界の流れに逆行して、どんどん窮屈になってきているから。人の視野が本当に狭いゆえ💦
今回の症例も、あくまで数あるひとつに過ぎませんからね。

コミュニケーションにおいて、もしあなたが不当な扱いを受けたり、理不尽なストレスにさらされることになったら、ぜひ当塾に御声を投げてください📧
相手が日本人だろうと外国人だろうと、コミュニケーションに潜む歪みをほぐしてさしあげたい。そう思っていますから😉



Meister CZ

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今回に限らず、ニュータイプ覚醒塾では断定した表現をしています。
詳しくは👉当ブログのポリシーでご説明しております👮‍♀️


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