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🌐ニュータイプ覚醒塾

ニュータイプ覚醒論 第65章

低俗な干渉劇



野球選手の大谷翔平さん夫妻に、第2子が誕生したというニュースがありました。

普通なら「おめでとうございます」で終わる話なのですが、
年子は母体に負担だとか何とか、一部とはいえ祝福ならぬ文句が飛び交っているわけです。
これ、理解に苦しみますよ。
いや、「理解に苦しんだ」と言うのは嘘だ、失礼😅

当方としては、こういう低俗さが出てくることは想定の範囲内です。
ただ、それでも実際にこうした反応がニュース記事にまで仕立て上げられると、話は別。さすがに呆れます😩
記事も記事なのですよ📰
前向きな共有でも、問題提起でも全くない。低俗な反応を拾って、並べて、見せて、結局は楽しんでいる。メディアもね。
「そこまでして話題にしたいのか」と、ただただ‥げんなりさせられます。


当ブログをいつもお読みくださる皆様はお気づきだと思いますが、
今回の件は、前回のテーマ「救急隊員への理不尽な文句」と構造がほとんど同じなんですよ。
何の因果か、また似たような症例が出てきたわけですが、今回も遠慮なく斬っていきます☕


💥土足の内政干渉



ではここからしっかり斬りこんでいく。
改めて申し上げるが、出産報告は「おめでとう!」という感情で完結する話である。
MLB公式や国内報道でも、夫妻が第2子誕生を報告し、多くの祝福が寄せられたことが伝えられている。つまり、それが通常‥いや当然の反応と言えるものだ。

ところが、どういうわけか祝福の花に泥水をかけるような小汚い声も混ざる💦

母体に負担
女性はつらい立場
野球より子づくりに一所懸命

などという、批判にも程遠い、極めて低音質なノイズである。

ここまで来ると、腐った脳から漏れ出したノイズテロと呼んだ方が適切だろう。雑音と呼んだら呼んだで、それは雑音に失礼だ。雑音にはまだ、音のノスタルジーというものがある。

では、そのノイズに何か語るに値する中身があるのかと言えば、それも違う。
そもそも、これは思想以前の代物だ。怒りでも、主張でも、抗議でもない。嫉妬と鬱憤が、たまたま文字の形をして漏れ出しただけだ。
例えば、暴動にもテロにも革命にも、良し悪し以前に大義名分というものはある。もちろん、それで正当化されるわけではない。ただ、少なくとも当人たちの中では「なぜそうするのか」という理屈の欠片くらいは存在する。

しかし、今回の低俗コメントには、その欠片すらない。
大義も論理も正当性も全くゼロ。見事なまでの更地なのだ👎

つまり、そこにあるのは思想でも主張でもない。嫉妬と鬱憤が、まるで臭い屁で発火したような感情排水である。後から正義らしき包装紙を巻こうとしても、中身がそれでは包みようがないだろう。

前の記事で救急隊員の話を取り上げたと言ったが、今回の年子批判もただ無責任かつ身勝手な文句に過ぎず、この構造がじつによく似ている🤔

当事者の事情を知らない
道徳を勝手に持ち出す
叩きやすい相手だけを狙う
自分の不快感を社会正義に変換する


これは正義の仮面をかぶった“憂さ晴らし”と言って差し支えない。
本人たちは社会を修正しているつもりなんだろうが、実際にやっているのは、他人の新車に硬貨で傷をつけながら「街を綺麗にしている」と思い込むような、惨めな自己満にすぎない。

今回の年子批判も、その延長線上にある。
家庭の事情も、夫婦間の合意も、医療的背景も知らない。知らないのに語る。知らないのに裁く。
ここまで来ると、単に無知というより、無知と傲慢と無責任のフルコースである🍴


家庭・結婚・離婚・妊娠・出産という最もプライベートな領域に、真っ赤な他人が土足で口を出す。この感覚は、日本人の村社会では非常によく見られるが、国際的(地球的)な視点で見ると極めて危うい😨

もちろん、どの国にも低俗な人間は存在する。そこは地球共通の残念な現実である。
ただし、夫婦の出産間隔に性的揶揄を絡めて公然と茶化す行為は、この地球上ほとんどの社会で極めて強い反発を招く。少なくとも、まともな大人の会話としては扱われない。それどころか、その人間性を完全に疑われる。

じつに面白い事なのだが、日本はモラルに厳しい反面、なぜかそのタブー意識が弱い。 だから“輸出NGの低俗コメント”が国内で繁殖してしまう。もし海外に漏洩・流出したら、日本人のイメージは音を立てて崩れ落ちるだろう。不幸中の幸いか、今のところはまだ‥致命的な流出はないようだが🍵


💛思いやりという絶対値



今回の反応を見ていると、『ドラゴンボール超』の宇宙サバイバル編で語られた“人間レベル”という概念を思い出す。作中では、複数の宇宙が存続を懸けて戦う中で、各宇宙の評価基準としてこの言葉が出てくる。単なる戦闘力ではなく、文明、精神性、社会としての成熟度まで含めた指標として扱われていた。

特に象徴的なのは、終盤で示された“願い”の扱いである。もし勝者が自分たちのことしか考えない願いを選んでいれば、その宇宙ごと消されるはずだった。つまり、作中で問われていたのは、単に強いかどうかではない。他者を考えられるかどうか。力ではなく、振る舞いが見られていたのである。しかも、それが世界的な知名度を持つ『ドラゴンボール』シリーズの中で語られているのだから、「たかがアニメの話」と笑って済ませるのは難しいだろう。すでに現実の方が追いついてしまっているのだからね🙃

この概念を借りるなら、今回の低俗コメントはまさに人間レベルの低さを文章という形で可視化した標本である。嫉妬、皮肉、性的揶揄、道徳の押し付け。どれも、当事者の事情も他者の尊厳も考えない言葉だ。「野球より子づくりに一所懸命」という一言など、博物館に置くなら説明文はこうだろう。

“21世紀の情報社会においても、他人の慶事を自分の下品さで汚さずにはいられなかった個体の痕跡。”

🚩わずかな救いの光

と、ここまで斬ってきたが、ここは冷静に見ておきたい😐

今回の大谷選手夫妻の出産報告に対して、ほとんどは祝辞だった。つまり日本社会全体が低俗化しているわけではない。これは当塾の発信ポリシーでもハッキリ明示しているように、全てではないのだ。
問題なのは、根性が捻じ曲がった一定数の声が癌であり、それが異様に目立ってしまう構造である。

SNSでは、まともな祝福よりも、異常なコメントの方が拡散されやすい。火事場に人が集まるのと同じで、健全な会話よりも、炎上の煙の方が遠くから見える。メディアがPVや話題性を優先し、火に油を注ぐように取り上げるのも、同じ構造である。

だからこそ、今回の件に悲観する必要はない。問題なのは、雑音以下の声が目立ち、あたかも世論のように錯覚される仕組みである。そして、その仕組みに乗って他人の慶事を汚して回る俗物たちである。


年子だろうと何だろうと、命の誕生は素晴らしいことだ。これ以上ないほど喜ばしい出来事に、泥水を浴びせるような真似は言語道断である。

「年子は母体に負担」?‥大きなお世話である。

もちろん、出産間隔について医学的な注意点が語られること自体はある。実際、産婦人科医の見解としても、妊娠間隔には一律の答えがあるわけではなく、母体の回復、前回出産の経過、年齢、体調、医師の判断などを踏まえて考えるべきものだとされている。短い間隔に一定のリスクがあるとしても、それは本人たちと医療者の間で扱うべき話であって、事情を知らない外野がコメント欄で判決を出す話ではない。

そういうことを言う輩に、私は問いたい🎤

その言い分の根拠は何か。
なぜアンタが言うのか。
どんな立場で言っているのか。
逆に、私が事あるごとにその家庭や身体のことへ口を出したら、どう感じるのか。


想像力がない者ほど、無責任に言いたいことを言う。しかも厄介なことに、そういう人間ほど、自分こそ正しいという顔をしているものだ。

今回の症例で本当に問題なのは、他人の事情も、その言葉が与える影響も考えない浅はかさである。そして昨今、そういう浅はかさが、日本社会‥特にネット空間であまりに目立っている。
 
ただそれでも、まともな祝福の声が大多数であったことは忘れてはならない。まだ救いはある。
ただし、その救いを本当に守りたいなら、雑音以下の声を“世論”のように扱う悪癖から、そろそろ本気で距離を取るべきだ。その一歩を踏み出せるかどうかがこの国の平穏と発展の鍵を握っているのだから🌈


想像力というコミュニケーション能力。それは思いやり。
日本人にいま最も必要なものこそ、思いやりです。


Meister CZ

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