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🌐ニュータイプ覚醒塾

バリスタのよもやま話 第65話

素っ裸の文格



最近、ビジネスメールを読んでいると、何か妙な違和感を覚えることが増えました。

ご連絡させていただきます
よろしくお願いいたします

——ひらがなばかりが目に飛び込んできて、まるで小学生の作文を読んでいるような感覚に陥るのです😵

世間ではこれがビジネスの正装だと思っている節があるようですが、私は全くそう思わない。むしろ文章として見れば、ただ幼く、鈍く、品がない。もっと言えばバカっぽい。
つまり「お里が知れる」ってことです。

あなたはどう思いますか?
違和感はありませんか?

皆がそうしているし、特に意識したこともなかった。

大方こんな感じなのでしょうが、一切の疑問も持たずにひらがな表記を続けている‥というのが本当のトコでしょうか。
もし「丁寧とか柔らかい印象」という見方なら、それは大きな誤解の始まりなのですよ💫


👶ススム幼稚化



ひらがなにすると柔らかい印象になる
——コレ、本当にそうでしょうか?

一般的にはそう説明されることが多いようなのですが、
実際に起きているのは柔らかさではなく、「幼稚化」「間延び」「湿度の高さ」なんですよ💦

考えてみてください👍

「よろしくおねがいいたします」という文章を目にしたら、あなたは何をどう感じますか?丁寧でやわらかな印象を持ちますか?
私は実際『なんだこりゃ(笑)』と感じ、書き手の印象がガタ落ち~崩壊しました。「おいおい!中学校出たのか?」とすら思うくらいでした😓

こういうのは漢字が持つ「意味の輪郭」がほとんど失われているので、文章全体がぼやけて、芯のない印象になってしまうのですよ。
つまり、幼稚でバカっぽいってこと。


2026年3月、SNS上では「宜しくお願い致します」は誤りで、「よろしくお願いいたします」が正解だと断じる投稿が拡散していました。
公用文ではそれが原則との事ですが、それをそのまま一般の文章作法にまで広げて、「これが正解だ!」と言い切るのは、あまりにも乱暴ですよ💨
あくまで公用文での話なんだからね?🙃

その「正解とやら」が本当に読みやすいのか、品位を保てているのか、そして正しいのか?
——その疑問は、落ちないシャツのシミの如く、癪に障るくらい深く残るのですよ。

🚩具体例で見る幼稚化

では具体的に見ていきましょう。
まず、その代表的な例が「致します」と「いたします」です。

公用文では、補助動詞として使う場合は「いたします」とひらがな表記が推奨されています。「ご連絡いたします」「資料を送付いたします」といった表現です。
一方、「致す」が独立した動詞として使われる「致し方ない」「不徳の致すところ」は漢字表記が認められています。

でも、ちょっと待ってください✋

「お願い致します」の「致す」は、本来「する」の謙譲語として意味を持つ言葉です。意味がある言葉を、なぜひらがなで溶かしてしまうのでしょうか?
文化庁の「敬語の指針」では、補助動詞はひらがなで書くというルールが示されています。しかし、このルールを思考停止で機械的に適用した結果、文章から「意味の立体感」が失われているのです。

🚩にじみ出るのっぺり感

もう一つの典型例が「させていただく」です。
ひらがなが長く連なると、表記としてどれほど野暮ったく、そしてだらしなく見えるか、如実にわかってしまいます💦
実際「確認させていただきます・お電話させていただきます」といった間抜けな表記が、幼稚化の急先鋒として東西南北~春夏秋冬、大量に流通しています。

そしてこのように共演しちゃうことも結構ザラ。

早急に確認させていただき、ご連絡させていただきます。

こうして一文で「させていただく」が二度もひらがなで現れると、文字列がのっぺりと続き、視線が引っ掛かる場所も、意味の節目も見えにくい。
というより、丁寧さ以前にまず表記としてだらしなく、かえって疲れるのです。

早急に確認し、ご連絡致します。
これが問答無用に正しい表記ですよ!


漢字にすべき語、ひらがなにすべき語
——「致す」と「いう」の違い

ここで大切なのは、
漢字とひらがなにはそれぞれ役割がある‥という認識です。

すべてをひらがなにすれば良いわけではなく、
すべてを漢字にすれば良いわけでもありません。

例えば「致す」は漢字にすることで意味が立ちます。
「致す」という漢字には「至る」という語源があるようで、「そこまで行き着く」という深い意味が潜んでいるからです。
だから「お願い致します」と書いた時に初めて、その「致す」という行為の重みが伝わるのですよ。

一方、「いう」という動詞を「言う」と漢字にすると、意味が変わります。
「彼はそう言った」は発言の事実を示しますが、「Aという会社」の「という」は単なる引用や説明の助詞です。
この「という」を「と言う」と漢字にすると、かえって意味が混乱します😵

つまり、漢字は「意味の核」を示すために使い、ひらがなは「文法的なつなぎ」や「柔らかさ」を出すために使う——この使い分けこそが、日本語の美しさの源なのです。

大事なのは、漢字とひらがなの数ではありません。
意味を立たせるべき語に漢字が残り、文法的なつなぎがひらがなとして機能しているかどうか、その配分です。

🚩ひらがな化が生む「読みにくさ」

では、読み手の立場から考えてみましょう。
ひらがなばかりの文章を読むとき、私たちの脳は何を感じているのでしょうか。80年代のドラクエシリーズを思い浮かべる人もいるでしょうかね。
私は真っ先にファミコンをイメージしました🤗

まず「視認性の低下」があります。
漢字は視覚的特徴があって、見ただけで意味が掴める象形文字の要素を持っています。しかしひらがなは、文字の形が似ていて流れるように続くため、目が文章を追いにくくなります。「いたします」「ください」「いただく」――これらがずらりと並ぶと、文章がのっぺりとして、どこが重要なのか分からなくなってしまうのです。

次に「意味の曖昧さ」が生まれます。
「お願いいたします」と書かれても、その「いたす」という行為の重みが伝わりにくい。「本当にお願いしているのか、それとも形式的な挨拶なのか」――読み手は微妙なニュアンスを読み取れなくなります。とにかく軽いんですよ。

そして何より「品位の低下」を感じます。
ビジネス文章には、ある種の格式や威厳が求められる場面があります。重要な契約書や告知、正式な謝罪文、経営層へのレポート――こうした場面で、ひらがなばかりの文章を受け取ったら、あなたはどう感じるでしょうか?「安っぽく見られている」と感じるかもしれませんよ。


ひらがな化は「丁寧さ」か、それとも「逃げ」か。

ここまで見てきて、一つの問いが浮かび上がります。
ひらがな化は本当に「丁寧さ」の表現なのか?それとも「逃げ」になっているのではないか?と。

公用文ルールに従っていれば安心‥という風潮があります。そして「補助動詞はひらがなで書くのが正しい」と言われれば、思考停止してそれに従う。
😶でもですよ?
そのルールが本当に読み手にとって最善なのか、言葉の意味を大切にしているのか――これと向き合うことを放棄していないでしょうか。

「丁寧とされる言葉さえ使っておけば良い」という無難な安全予防接種が日本全体に溢れ返っている、そんな空気があるでしょう。ひらがな化はまさにこれと同じです。
「ひらがなにしておけば柔らかく見えるから無難だし、上品にも見える」――そんな安易な選択が、実は言葉の品位を奪い、意味の精度を下げ、読みにくさを生んでいるのです。


言葉は、相手への敬意を示すためのツールでもあるのですよ。
しかし、形式だけを整え、中身の伴わない敬語は、むしろ相手を雑に扱っているのと大差ないのです。
「お願い致します」と漢字で書くことで、その「致す」という行為に込めたしっかりとした重さや真摯さが伝わる。
――そういう言葉の使い方を、今一度見直してみませんか?

そうでないと、漢字を勉強した意味がなくなりますよ?
漢字ドリル‥‥やりましたよね?🙊



Meister CZ

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