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🌐ニュータイプ覚醒塾

ニュータイプ覚醒論 第64章

卑劣な暴囁



救急隊員がコンビニに立ち寄り、飲み物を買う。
たったそれだけの行為に対して、

勤務中に買い物をしている
救急車がコンビニに停まっている

という一般市民からの抗議の類があったそうだ😮‍💨

これに対して救急隊員はSNSで「水分補給させて!」という悲鳴に近い投稿をしている。
これはニュース記事にもなり、少なからず話題になった。

この話を聞き、私は大いに呆れた。
30年サービス業に深く関わり、同時に10年、接客業から人間関係の相談にも深く触れてきた私でも、こういった俗物の愚行には毎度呆れ、その都度大きなため息が出る🤦‍♂️

そもそも日本には、本当の意味でのクレームなどほとんどない。あるのは「文句・イチャモン・言いがかり」だ。
つまり今回の件も、改善要求ではなく、正義という仮面を被った支配欲の暴走にすぎない。
💡 便宜上、本記事では「クレーム」という言葉を用いる。

それでもなお、これは黙って見過ごすにはあまりにバカげた事例である。これは単なるクレーマーの話ではない。日本社会にこびりついた病理が、実にわかりやすい形で顔を出した典型的な症例なのである。


💀俗物性 島国根性



このイチャモンは極めて異常だ🙀
人命救助にあたる人間が、業務を安全に遂行するために水分を摂る。もっと言えば、自分自身の命を守るために水分を摂るのだ。その至極当然の行為に、なぜ一市民ごとき他人の“許可”が必要なのか!
もし人々がここで違和感を覚えないなら、それはかなりの重症だ。
昨今は熱中症対策としても水分補給が繰り返し呼びかけられている社会で、救急隊員が飲み物を買うことに文句を言う。
もはや理屈でも何でもない。極めてタチの悪い支配欲である。

これに対するよくある見解はこうだ。

「一部のクレーマーが騒いでいるだけ」
「大多数の人は何とも思わない」
「変な人はどこにでもいる」

これは決して間違ってはいない。私自身も、救急隊員の水分補給に文句を言う人間が多数派だとは全く思っていない。むしろかなり限定された少数だろう。

実際、ニュース記事のコメント欄では、ほとんど全ての人が救急隊員を支持し、文句を言っている側を責めている。

つまり、
少なくとも表向きには、この社会はまだ正気を保っているということだ🤔

しかしこの問題を「一部の変な人」で片づけるのは甘い。これは個人の性質以上に、日本社会に長年こびりついた病的な構造の問題だからである。

クレームを入れる人間は、突然空から舞い降りてきた宇宙人ではない。日本のサービス文化と公務員観が生み出した、かなり素直な‥そして同時に歪んだ“成果物”なのだ。

🎭狂った人間模様

まず根底にあるのは「お客様は神様」という文化の歪みである。

本来この言葉は、客の前で最善を尽くすという職業倫理の話だったはずだ。
(言葉の生みの親である三波春夫氏ならびに家族も明言している)

ところが、いつの間にか「客は何を言ってもよい」「店員や現場の人間は黙って受け止めろ」という支配的な俗物根性へと変質した。
これは否応なしに見えてくる病的な性(サガ)だ💥

接客を“服従”と勘違いする者は全く珍しくないし、感謝して然るべき事を当然の権利として踏みつける者も大勢存在する。
そこにもう一つの狂った錯覚が重なるのが、「自分たちに税金を払っているのだから、公僕である公務員には何でも言っていい」という発想だ。これがじつに浅ましく、いやらしい💨

ここで敢えて申し上げるが、
税金は「払うものではなく納めるもの」だ。税金を払うと言っている時点で、妙なお客様根性が背景に潜んでいる。感覚がズレている証拠とも言えるだろう。
※低俗さを表現するため、本文ではこのまま「税金を払う」を併用する。

そもそも庶民は、公務員を私物化できるような立場でもなければ、その権利もない。
税金を払っていれば何でも言える?‥いやいや笑わせないで頂きたい。国民の義務を果たしている程度で威張れるほど、世の中は幼稚園化していない。
第一、それなら納税額が多い人ほど絶対的な立場ということになる。そしてそもそも、こんな事に文句を言う輩ほど納税額は多くない上に、社会貢献もしていないのが実態だろう😒

なお、意外に見過ごされがちだが、公務員も例外なく税金を納めている。中にはそこらの俗物よりよほど多く納めている人もいるのだ。

この「お客様は神様」の暴走と、「税金を払っているから偉い」という錯覚が入り混じると、救急隊員に対する擬似的な支配構造が生まれる。

「制服を着ている・公務中である・公費で動いている」

だから自分が一国民(納税者)として監視していい。口を出していい。従わせていい。そういう幼稚で邪な優越感が発生するのだ。本人は正義のつもりかもしれないが、実態はただの「俗物的支配欲」である。

この構造は、とりわけ日本人に現れる傾向が強く、その理由もはっきりしている。

第一に、顧客を過剰に神格化してきた。

第二に、規範への執着が強すぎる。「勤務中らしく見えるか」「サボっていないように見えるか」という外形だけを異常に気にする。

第三に、公務員への監視が過度である。
公務員が少しでも目に付く行動をすると、「税金で食っているくせに」と言い出す。コンビニで飲み物を買うだけでこの騒ぎなら、もはや公務員には生きることすら許可制にしたいのかもしれない。実にくだらなくてバカバカしいうえ、横暴極まりない。

救急隊員が水分を取るのは、贅沢でもなければ、ズルやサボリでもない。業務継続の前提条件である。
暑さの中でも厚い専用着を着て、連続出動し、食事も休憩も後回しになるのもザラなのだ。そこで水を飲まなければどうなるか。救急隊員はきっと倒れるだろう。そうなれば、救急隊員の力を必要としている人が危機に見舞われる。そしてその救急隊員を運ぶために別の救急隊員が出動するという余計な仕事も発生する。
本来は人命を守るために設計された仕組みが、いつの間にか「耐えられる者だけが残る環境」へと変質していく。それを異常とも思わず、背景や影響も何も考えず、自分の浅ましい感情で「勤務中に飲み物なんかを買うな」と口を出せる社会の感覚こそが、何より異常であり、最も危険なのだ。


ここで核心をはっきり言おう。

救急隊員のコンビニ利用にクレームを入れる行為は、まったく正義ではない。ただの優位性の錯覚であり、勘違い野郎に過ぎない😐

反論しにくい立場につけこみ、お客様や公共性という言葉を盾にしては、安全な上方から物を言っているだけだ。だが矛先を向けている相手は、いざ自分や家族が倒れたときに命を預ける存在である。その相手に理不尽な文句を言っているわけだ。これを正義と呼ぶなら、悪という言葉は失業する。そして、そんなものを正義として扱える社会の倫理は、すでに崩壊している。

本質を捉えられない者ほど、口を出し文句を言う。これは世の常であり、日本は顕著だ。
これはサービス業でも同じで、カウンターの向こう側、厨房の中、配送の裏側、緊急対応の現場。そこにある段取りも負荷も知らない人間ほど、表面だけを見て偉そうに裁く。そして自分の不快感を「お客様・市民の目・国民の権利」と言い換える。言葉を着替えただけで、中身はただのワガママな遠吠えである。


長年サービスの現場で人間(特に俗物)に向き合ってきた者として断言する。

この問題の正体は、救急隊員の行動ではない。庶民の側に潜む「俺は客だ」「私は納税者だ」「だから口を出していい」という歪んだ支配意識である。
救急隊員に言いがかりをつける社会はまともではない。そして、その異常さに気づけない人間こそ、この問題の当事者である。



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