卑劣な暴囁
これに対して救急隊員はSNSで「水分補給させて!」という悲鳴に近い投稿をしている。
これはニュース記事にもなり、少なからず話題になった。
この話を聞き、私は大いに呆れた。
そもそも日本には、本当の意味でのクレームなどほとんどない。あるのは「文句・イチャモン・言いがかり」だ。
💡 便宜上、本記事では「クレーム」という言葉を用いる。
それでもなお、これは黙って見過ごすにはあまりにバカげた事例である。これは単なるクレーマーの話ではない。日本社会にこびりついた病理が、実にわかりやすい形で顔を出した典型的な症例なのである。
💀俗物性 島国根性
このイチャモンは極めて異常だ🙀
もし人々がここで違和感を覚えないなら、それはかなりの重症だ。
これに対するよくある見解はこうだ。
「一部のクレーマーが騒いでいるだけ」
これは決して間違ってはいない。私自身も、救急隊員の水分補給に文句を言う人間が多数派だとは全く思っていない。むしろかなり限定された少数だろう。
実際、ニュース記事のコメント欄では、ほとんど全ての人が救急隊員を支持し、文句を言っている側を責めている。
しかしこの問題を「一部の変な人」で片づけるのは甘い。これは個人の性質以上に、日本社会に長年こびりついた病的な構造の問題だからである。
クレームを入れる人間は、突然空から舞い降りてきた宇宙人ではない。日本のサービス文化と公務員観が生み出した、かなり素直な‥そして同時に歪んだ“成果物”なのだ。
🎭狂った人間模様
まず根底にあるのは「お客様は神様」という文化の歪みである。本来この言葉は、客の前で最善を尽くすという職業倫理の話だったはずだ。
ところが、いつの間にか「客は何を言ってもよい」「店員や現場の人間は黙って受け止めろ」という支配的な俗物根性へと変質した。
接客を“服従”と勘違いする者は全く珍しくないし、感謝して然るべき事を当然の権利として踏みつける者も大勢存在する。
そこにもう一つの狂った錯覚が重なるのが、「自分たちに税金を払っているのだから、公僕である公務員には何でも言っていい」という発想だ。これがじつに浅ましく、いやらしい💨
ここで敢えて申し上げるが、
※低俗さを表現するため、本文ではこのまま「税金を払う」を併用する。
そもそも庶民は、公務員を私物化できるような立場でもなければ、その権利もない。
なお、意外に見過ごされがちだが、公務員も例外なく税金を納めている。中にはそこらの俗物よりよほど多く納めている人もいるのだ。
この「お客様は神様」の暴走と、「税金を払っているから偉い」という錯覚が入り混じると、救急隊員に対する擬似的な支配構造が生まれる。
「制服を着ている・公務中である・公費で動いている」
だから自分が一国民(納税者)として監視していい。口を出していい。従わせていい。そういう幼稚で邪な優越感が発生するのだ。本人は正義のつもりかもしれないが、実態はただの「俗物的支配欲」である。
この構造は、とりわけ日本人に現れる傾向が強く、その理由もはっきりしている。
第一に、顧客を過剰に神格化してきた。
第二に、規範への執着が強すぎる。「勤務中らしく見えるか」「サボっていないように見えるか」という外形だけを異常に気にする。
第三に、公務員への監視が過度である。
救急隊員が水分を取るのは、贅沢でもなければ、ズルやサボリでもない。業務継続の前提条件である。
救急隊員のコンビニ利用にクレームを入れる行為は、まったく正義ではない。ただの優位性の錯覚であり、勘違い野郎に過ぎない😐
反論しにくい立場につけこみ、お客様や公共性という言葉を盾にしては、安全な上方から物を言っているだけだ。だが矛先を向けている相手は、いざ自分や家族が倒れたときに命を預ける存在である。その相手に理不尽な文句を言っているわけだ。これを正義と呼ぶなら、悪という言葉は失業する。そして、そんなものを正義として扱える社会の倫理は、すでに崩壊している。
本質を捉えられない者ほど、口を出し文句を言う。これは世の常であり、日本は顕著だ。
長年サービスの現場で人間(特に俗物)に向き合ってきた者として断言する。
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